北海道固有種、シシャモの産卵回遊を追って

河川を遡上するシシャモ成魚のオス。二次性徴により現れる、黒くきらめく体色や大きな尻鰭・腹鰭が特徴的である。かつては黒い大群が川を埋め尽くすほどの規模で遡上したとされるが、資源量が減少傾向にある今ではこうしてその姿を捉えることも容易ではない。 撮影:折戸 聖

シシャモ。北海道の太平洋沿岸地域にのみ生息する固有種であり、名前の馴染みとは裏腹に広く知られざる特徴を多数有する魚である(トップ画像)。本種は初冬の短い期間に、限られた河川にのみ産卵遡上するとされる遡河回遊魚であるが、いつ・どこに・どれだけ遡上しているのかという情報は限られている。古くから珍重されてきた水産有用種である一方、近年は資源量減少傾向が極めて顕著で、彼らの再生産に直結する回遊生態の理解は急務であった。そこで筆者らはシシャモの環境DNAを種特異的に検出する分析手法を確立し、自然再生産を脅かすことなくシシャモの河川遡上を追った。

調査シーズン終盤の鵡川にて、氷をよけながら採水を試みる筆者。姿を捉えることは到底困難な凍てつく環境で汲み上げた水試料からも、その時、懸命に世代を繋ごうとするシシャモたちの痕跡が検出された。 撮影:荒木 仁志

まずシシャモの遡上数調査が行われていた数少ない河川である鵡川(むかわ)において複数回の採水調査を実施し、定点捕獲尾数と環境DNA濃度推移との整合性を確認した。その結果、二手法間で遡上開始のタイミングのみならず、遡上の増減・ピークまでもが高い精度で一致した。それに続き、これまでシシャモの遡上を定量的に捉えた事例のない河川においても環境DNAを検出でき、そのピークの濃度・時期は河川間で異なっていた。これらは地域や河川ごとにシシャモの遡上規模に差があることを示すと同時に、産卵個体の保護・管理が求められる期間にも違いがあることを示唆する、保全上有用な結果となった。また対象生物が「いつ・どこに・どれだけ」いるかを補足する上での環境DNA手法の有用性も明白となり、回遊生物をはじめとした貴重な生物資源の管理や生態の理解のため、本手法がより広く活用されていくことが期待される。


著者:八柳 哲(北海道大学農学院)
論文:Yatsuyanagi, T., Ishida, R., Sakata, M. S., Kanbe, T., Mizumoto, H., Kobayashi, Y., Kamada, S., Namba, S., Nii, H., Minamoto, T., & Araki, H. (2020). Environmental DNA monitoring for short-term reproductive migration of endemic anadromous species, Shishamo smelt (Spirinchus lanceolatus). Environmental DNA, 2(2), 130-139.

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